食べるサウナ!?リニューアルした老舗こうじ屋の食堂「くらを」で整ってきたよ!

 

秋田県横手市増田町。ここは「蔵の町」と呼ばれていて、通りにずらっーーーと歴史ある蔵が並んでいます。レトロで荘厳な町並みが今もきれいな状態で保存されていて、どこかタイムスリップしたような感覚にさせてくれます。

 

 

そんな歴史ある町に、大正七年から地域の食文化を支えてきた「羽場こうじ店」という一軒の麹屋さんがあります。そこでは米麹はもちろんのこと、主力商品である味噌を中心に、三五八漬けのもとや、塩麹など、ていねいに醸された「麹」を活かした商品がずらりと展開されています。

僕のお気に入りは下の写真の「米麹茶」です。米麹由来の自然な甘さをじっくりと楽しむことができ、どこか懐かしさを覚える香りに心の底から癒やされます。

 

そんな羽場こうじ店が手掛ける食堂が「旬菜みそ茶屋くらを」(以下 くらを)。

 

 

その「くらを」を笑顔で切り盛りされているのが女将の鈴木百合子さんです。

 

鈴木百合子さんfacebookより

代々引き継がれてきた麹屋の娘として、麹を活かした料理やドリンク、デザートなどを提供し、「麹のある暮らし」を支えていらっしゃいます。

忙しく、時間がない人が増え、インスタントにお腹を満たす食事の需要が年々高まる昨今において、「食べることの意味」を一緒に考え伴走してくれるようなお店は非常に貴重で、町にこういう食堂が存在するだけで、暮らしのレベルがグンとあがるのです。

 

そんな町の元気の源でもある「くらを」が、2020年3月1日に内装工事経てリニューアルオープンした!と聞きつけ、さっそく伺ってきました。

 

くらをのごはんのプロローグ

とにかく全体を通して木を大切にしていることがヒシヒシと伝わってくる内装になっていて、呼吸がほんとに心地よい。スタッフのお母さんたちも美味しいご飯を出してくれそうな雰囲気がにじみ出ています。

 

食事のメニューは1種類。「三月の膳」と書かれているので毎月違った切り口で発酵料理を楽しむことができるのでしょう。そして、お味噌汁を3種類の中から選ぶことができます。(画像左上の3種から選ぶ)

私たちは3人で伺ったので、全種類をオーダーしてそれぞれの違いを楽しむことにしました。

 

注文を済ませ、ちょいと待ってると、まず最初に運ばれてきたのは「仕込み水」と、ひとつまみの「米麹」でした。
(写真を撮りそこねてて超絶ショック…!!)

仕込み水はとてもきめ細やかで柔らかく。すぐに身体に馴染んでいきます。こんな水がこんこんと地下から湧いてるのか…!と思うとほんとに羨ましい。

 

米麹はしっかりと破精(はぜ)こんでいて硬くなく、適度な水分を含んでいて新鮮、ブドウ糖由来の甘みがじんわりと舌の上を転がっていくのです。

唾液の分泌が促され、食べる準備が整いました。このあと運ばれてくるお食事の、まさに「呼び水」です。

「良いお水」と「良い麹」

この2つのキーワードこそ「くらを」の食事のど真ん中だったのでした。

 

メッセージ性のある「こうじ屋のお昼ごはん」

きれいなお盆に美しく盛り込まれたお食事が運ばれてきました。杉のプレートや漆のお椀など、使用する食器にも秋田に対する愛情とこだわりを感じます。

本日のお品書きとともに短文が添えられており、その小さなお手紙から「受け取ってほしいメッセージ」が顔をのぞかせていました。

ポケットに入れて持って帰ったらクシャクシャになってしまった…。

ぜんまい白和え
三関産ひろっこを酢味噌で
うど塩麹金平

昆布の佃煮
平鹿町産あやめ卵で茶わん蒸し

塩麹蒸し鶏 三五八カリカリをのせて
大ちゃんファーム水耕栽培レタス
雪の下にんじんとサーモンの信太巻き

季節のお漬物
燻しがっこ、紋漬け、茗荷甘酢、麹漬け

かまど炊き白ごはん
あつあつのお味噌汁をたっぷりと

甘いものひとくちと米麹茶

これだけ盛り込まれてて1,500円は納得。

そう。価格って「納得感」が大切だと思うんですよ。
売る側と買う側、双方の納得感のバランスが良くないと結局永く続かないですから。

「くらを」の御膳には納得感を得やすい「手すり」のような優しい仕掛けがたくさんありました。

 

「やらないこと」を決めた御膳

まず気づいたのは「焼く」という調理法が御膳の中に見当たらなかったこと。

われわれ人類は火を操ることによって一気に進化を遂げました。食材を加熱することによって消化のスピードを早めると同時に、殺菌し、より安全に食べることができるようになったのです。

 

専門用語を出して申し訳ないのですが、加熱方法には大きく分けて乾式加熱(焼く・揚げる・炒める)と湿式加熱(煮る・蒸す)が存在します。簡潔に言うと「加熱に水を介するか否か」という違いです。

中でも「焼く」という行為の歴史は深く、非常に原始的な調理法です。
一方で「煮る・蒸す」は人間が土器をつくってから行われるようになった比較的新しい手法と言えます。

 

で。この御膳には「焼いた」食べ物がない。

どうしてでしょう…。ちょっと僕なりに考えてみました。

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①【気づけ!水と麹の良さに】

「蒸す」と「煮る」に振り切ったことで、やっぱり「水の良さ」実感することができる。味噌汁を3種から選ぶことができる点だってそう。麹と水で出来てる料理こそ、「くらを」が味わってほしい料理なのだと分かる。

② 【余計なパワーを加えない】

食材の温度変化が「焼く」に比べて緩やかなので、余分なパワーが加わらず、穏やかな気持ちで食事と向き合える。日常食なので食べてて疲れないことが大事。

③【消化に良い調理法を選んでる】

「水」を媒体として熱を伝えることにより、100℃を超えることがないため、長時間にわたって加熱することが可能になる。つまり人間にとって、より消化に良い調理法を採用している。食べたあとも疲れない。

④【誰かがかけてくれた手間暇を想像する】

長時間にわたってこまめに様子を見る必要があるので、そのぶん手間暇がかかる。が、現代において、その手間隙には大きな価値がある。食べるのは一瞬だけど、その裏には多くの人のリレーがあることを想像できる。

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パッと思いついたのはこんなところ。

増田に暮らす方々が受け継いできたのは、短時間でパッとつくる料理ではなく、食べてくれる人の顔を想いながらジワジワと温度を上げていくような。そんな優しさに溢れる台所の温度感だったのでしょう。

料理でよく使われる擬音も「トントン」や「コトコト」だとなぜか落ち着くのよ。味噌汁や煮物、シチューにポトフなどはめちゃくちゃホッコリするじゃんね。

「ジュゥゥゥー!」って音はテンション上がるやつ。焼肉やステーキ、ハンバーグなんかは活力や勢い、パワーをイメージしやすいよね。

どっちが良いとか、悪いとかではなく。つまりは「くらを」が提供したいのは前者の料理で。食べる人の心の張りを解きほぐすような、リラックスできる、ゆったりとした時間を共有したいんだと。

 

焼かないという「やらないこと」を決めたことで、伝えたいメッセージが明確に浮かび上がってくるように設計されているのでした。ニクい演出だこと!

 

水と麹が映し出す「代々受け継いできた時間」

この御膳の調理法は主に「発酵と湿式加熱」によるものでした。盛りつけられ完成するまでに、実はかなりの時間を要している、ということが推察できます。(発酵させるのも、煮るのも、蒸すのも時間がかかる)

発酵という調理法は、食材に流れる時間を緩やかにしてくれます。寒い地域に暮らす先人たちは積極的に「保存食」という知恵を活用することで厳しい冬を乗り切ってきました。

菌の作用はもちろんのこと、塩分や糖分、乾燥に燻製、酸や寒暖差の利用など、保存の手法は多岐にわたります。食材に流れる時間を止めることで、三月のプレートの上に夏の食材(茗荷など)が登場しても違和感を覚えないのです。

 

また、鶏肉と卵を同じ調理法(蒸す)で熱を加えることによって、親と子の関係が浮き上がってきたり。

逆に味噌汁・信田巻・白和えという異なる調理法を用いることによって大豆との付き合い方も見えてくる。

 

 

町の歴史が紡いできた時間、蔵人たちが醸してくれた時間、お母さんが台所に立ってた時間、子が成長してきた時間、大切なものを愛でてきた時間。

などなど。

この御膳には百合子さんが「代々受け継いできた時間」がたくさん盛り込まれているんだなと感じました。

 

この御膳…温泉とサウナやんけ

食事を大切に噛み締めた後は、甘味と米麹茶をいただき、しっかりと「整った」のでした。

整うといえば…最近話題なのがサウナですね。交互浴で自律神経の乱れを整えるのです。

 

それと同じような気持ち良さが「くらを」の食事にはありました。

 

「じっくりコトコト煮込むこと」は「温泉の湯船でじんわり温まる」ことと同義で。
「しっとり蒸し上げること」は「サウナで発汗する」ことと相関していることに僕は気づいてしまったのです。

湿式加熱ハンパねぇなと。

そりゃ整うはずだ…という妙な納得感を得たのであります。
(じゃあ「焼く」は「護摩行」みたいなもんか…!うむ。さらに納得!)

 

さいごに

食後には味噌キャラメルソフトもおすすめだよ!

食材はもちろん、イスやテーブル、カトラリー類、BGMなしという選択、これからの展望も含めリニューアルとしてはもう大成功だと言えるのではないでしょうか。ほんとに「魂は細部に宿る」という言葉がピッタリな「くらを」のお食事でした。料理に込められてた想いや願い、メッセージ性も素敵だったなぁ。きっと「場」としても発酵していって、たくさんの人を笑顔にしていくんだろうなと。

 

ほんで更に思ったことがあるんだけどさ。

 

情報が溢れかえってる現代においては、やれコスパだの、インスタ映えだの表面的なことが騒がれがちじゃん?でもさ、受け取る側の受信能力がショボかったら、結局なんにしたってコスパ悪く感じちゃうと思うのよ。

同じ場所に行って、同じ食事を食べたり、同じ体験をしたとしても、得られる喜びは「受信感度」によって何倍も変わってきちゃう。少しでも何か得られるものはないか…って学び取っていく姿勢が大切なんだろうなと。

 

メッセージ性のあるお食事を頂いたことで再確認させられたのでありました。あの食事を「ただ消費しちゃう人」がいたとしたらほんとにもったいないなと思うからさ。自分に対する戒めも込めてね。

いやぁとにかく。僕はほんとに整いました…!
ごちそうさまでした!

 

Photo :Yukke  & Aoi     & Ryotaro

 

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