【ロサンゼルスの父】メキシコ人のフランシスコがくれた一生のたからもの

 

はいどうもー。様々な飲食店で10年働いてきた男、まるじです。

 

僕ね。27歳の時に海外出店の立ち上げを経験したのね。アメリカはカリフォルニア州ロサンゼルス。

 

毎日毎日それはそれは刺激的なことが多くて。自分の価値観をぶっ壊された。

 

そんなロサンゼルスでのお話。

 

 

 

なめてた。差別なめてた。

 

店舗の立ち上げって事でまだお店は急ピッチで工事中。

 

 

僕は現地で食材を調達するために、現地コーディネーター的なおばちゃんに運転してもらって、色んな業者さんを回っていた。

 

 

ロサンゼルスに”ダウンタウン”と呼ばれるエリアがある。

 

 

英語が中学生レベルの僕は『ダウンタウンってつまりは日本語で言うところの、” 下町 ”ってことちゃうん?』くらいの軽いノリだった。

 

実際に行ってみると、ドジャースの本拠地『ドジャースタジアム』やNBAのレイカーズやクリッパーズの本拠地『ステープルズセンター』があったり、ドッカーンって超高層ビルが立ち並ぶセレブなオフィス街が広がっている超栄えてる場所だった。下町どころの騒ぎではない。そりゃーもう興奮した。

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気候もめちゃくちゃ気持ちいい。最高だ。こんなすげー所が世界にはあんのか!と思った。

 

 

 

『窓とカギ急いで閉めて!』

 

 

コーディネーターのおばちゃんが急にピリッとした。

 

 

何?何ごと?

 

 

僕は言われるままに車の窓とカギを閉めた。

 

 

車は繁華街から一本路地を入った。

 

 

 

僕は信じられない光景を目にした。

 

 

ホームレスが道の向こーーーーーーーの方まで、ずーーーーーーーっと並んでいるのだ。

 

 

どこまでいってもホームレス。横たわってる人もいれば、何かずっと叫んでる人、毛布にくるまっている人、集団で何か話している人。

 

 

ゾクッとした。

 

 

そんな言葉じゃ足りない何かが僕の体を突き刺した。

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聞けば日本で言うところのハローワーク的な所が近くにあるらしく、ずーーーーーーーっと向こうまで並んでいるらしい。

 

華やかな繁華街と、映画でしか見ないような絵に描いたようなスラム街。

 

 

 

細い路地一本できっちりが分けられていた。

 

 

 

『何とかカード』と『何とかカード』

 

店のオープンまで1ヶ月。

 

 

急ピッチで色んな作業が進む。とはいえここはアメリカだ。日本のように何事もスピーディーにはいかない。必要な荷物を受け取るのに丸一日、家で待機したり、色んな許可が下りなかったり、届いた業務用冷蔵庫がウンともすんとも作動しなかったり。(これは三回あった)

 

毎日様々な事が起こるんだけど、一番驚いたのは、毎日飛び込みで職を求めてくるメキシコ人

1日5人から10人くらい来てた。『何か仕事はないか?』って。

 

皿洗いの人手が必要だった。ぜひとも採用したかった。

 

採用するには『何とかカード』『何とかカード』の二種類の書類の提出が必要らしい。

 

 

僕は店に来た全員に『仕事あるよ!じゃあ明日面接するから、何とかカードと何とかカードを持ってきてー☆』

 

って100回は言った。

 

ちゃんと翌日来たのは2人だった。あとの98人は不法移民らしい。

 

その二人を即採用した。

 

 

16歳のホセ58歳のフランシスコだ。

 

今回のお話は58歳のフランシスコとの心あたたまる感動のストーリー。(ホセの回もそのうち書きます)

 

 

いつもみたいにバカ話を期待して読んでくれている方には申し訳ないが、今回ばかりはハンケチーフを用意して読み進めて欲しい。

 

 

僕と英語とフランシスコ。

 

フランシスコは英語が苦手だった。全然カタコトだった。

 

だからあんまり喋らず、ただ黙々とお皿を洗っていた。性格上なのか、ラテンの血がそうさせるのか、よくお皿を割った。

 

 

僕は『急がなくっていいんだよ』ってことを伝えたくて、一緒にお皿を洗おうとした。

 

 

 

するとフランシスコが『ヤメテクレ。ワタシノシゴト。ウバワナイデクレ。』

 

 

 

カタコトの英語でこう言った。

 

 

 

 

日本だとこの場面は『手伝ってくれんすか!?あざーーーっす!』が基本線だ。

 

 

僕は面食らった。そんなこと言われるなんてこれっぽっちも想像してなかったからだ。

 

 

落ち着いて僕は『仕事を奪うつもりはない。それと、僕も英語が話せないので、あなたとお話をして勉強がしたい』ということを伝えた。

 

 

フランシスコはニコッと笑って『ソッカ。アリガトウ。イッショニアラオウ。』と言った。

 

 

それから僕は少しでも仕事の隙があればフランシスコとお皿を洗った。カタコト同士で英語の練習をした。

 

 

メキシコに奥さんと10人の子供を残して働きに来てること、メキシコ国内でも60個くらい言語があるってこと、アメリカは物価が高すぎて暮らしていけないこと、昔働いてた料理屋のこと、奥さんは美人だってこと。色々教えてもらった。

 

僕も日本のことをたくさん話した。女子サッカー日本代表が先週世界一になった事、冬は寒くて夏暑い事、東京は電車が5分に1本来る事、日本人は働きすぎな事、3ヶ月前に大きな地震があって日本中大混乱してる事。

 

 

フランシスコはよく笑うようになった。よく話しかけてくれるようになった。毎日長時間よくお皿を洗ってくれた。

 

父親よりも年上のメキシコ人のおっさんの褐色の手は、毎日ふやけすぎてブヨブヨになっていた。

 

 

おじいちゃんのお小遣い。

 

それから来る日も来る日も僕はフランシスコと話した。まだまだ全然カタコトだったけど、話をしてくれる事、それ自体がすごく刺激的だったし、楽しかった

 

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これフランシスコ。

 

 

『マルジ。イツ。ニポン。カエル?』

 

『来週なんだー。せっかく仲良くなったのに。寂しいなぁ。』

 

『ズットイロヨー。サミシイヤンケ。』

 

 

フランシスコは本当に寂しそうな顔をしてくれた。

 

『オマエ。ワタシノムスコ。アメリカノ。ワハハ。』

 

そう言ってくれた。本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに帰国の日が来た。たくさんの人がわざわざ会いに来てくれたし、たくさん心のこもったプレゼントやお手紙なんかも頂いた。こんなヤツのために。本当にありがたい。

 

 

フランシスコともハグを交わした。

 

 

E-mail。オシエロ。ワタシ。イマ。オカネナイ。デキナイ。ケド。イツカ。カナラズ。E-mailスル。』

 

 

僕は泣きそうになりながらアドレスを書いて渡した。

 

 

すると『コレ。ヤルヨ。』

 

 

と言ってフランシスコは僕に2ドル札をくれた。

 

よく田舎のおじいちゃんが帰り際にお小遣いをくれた事を思い出した。

 

 

 

お金ないくせに。200円くれた。

 

 

嬉しかった。

 

『ありがとう!これで日本に帰れるよ!』とジョークも軽快だった。

 

 

 

 

あまりにも嬉しかったからみんなに自慢した。

 

 

『フランシスコに200円もらっちゃったー!いいでしょ☆』

 

 

するとバイトの子が『えーーーーー!!すごーーーーーい!! まるじさんそれ大切にしたほうがいいですよ。アメリカでは2ドル札はすごく少なくて、持ってる人には幸運が訪れるって言われてるんですよ!

 

って教えてくれた。

 

えーーーーー。マジかよ。そんな大切なお守りだったんかよ!

 

急いでフランシスコのところに戻り

 

『この2ドル札がそんなに大切なものだって知らなかった!ごめん!一生大切にするよ!ありがとう!!』

 

とちゃんと伝えた。

 

 

『オマエ。シアワセニナレヨ。ニポンデモガンバレ。E-mailスル。』

 

 

と言って僕らは別れた。

 

一生の宝物。

 

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これがその2ドル札です。こんな大切なお札に数字メモするって。どんな場面よ。フランシスコ。

 

 

これを見るたびに『頑張ろう!』って思える大切な宝物です。

 

 

フランシスコからのE-mailはまだ届いていません。けど必ず届く。と11人目の息子は信じています。

 

 

この記事を読んでくれたあなたにも幸運が訪れますように。

 

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